2015年6月27日土曜日

グナ(गुणः [guṇaḥ])

1章1節第2スートラ

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[संज्ञासूत्रम्] 1.1.2 अदेङ् गुणः ।
अत् 1/1 एङ् 1/1 गुणः 1/1
The short अ and एङ् (ए  and ओ) are called गुणः.

スートラの意味: 短い「ア」、「エー」、「オー」の3つの音を、グナと定義する。

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サンスクリット語文法学習者に根付いている、「グナ&ヴリッディ」の混乱


現代では、間違った教え方が主流になっているサンスクリット語文法。

大袈裟ではなく、私は改革を起こしているサンスクリット文法の教師です。

間違った教え方のせいで、基本の基本で混乱が起きているのを目の当たりにしてきました。


今回は、グナとヴリッディの混乱についてまとめます。


混乱1:音の変化を示す言葉、という混乱



ヴリッディの項でも説明しましたが、グナも、ヴリッディも

それぞれ3つの音を示す言葉であり、

音の変化を示す言葉ではありません。


よくある間違った説明:

第一段階の変化をグナ、 第二段階の変化をヴリッディ といいます。

これは間違った説明です。

NG「~の音が~の音に変化するのが、グナです。」

OK「~の音が、グナの音に変化すると、~になります。」


変化しなくても、「ア」は「ア」のままで、グナと呼ばれます。

「エー」も「オー」も然りです。何の変化がなくても、もとのままでグナです。


何度でも繰り返しますが、

言葉: グナ
言葉の意味: 短い「ア」、「エー」、「オー」の3つの音

この意味のプラマーナは、スートラ1,1,2です。何の交渉のしようもありません。




混乱2:「ar」と「al」もグナ、だという混乱



これは、パーニニを勉強した事の無い人の殆ど全ての人が持っている混乱です。

パーニニを勉強しても、それ以前のサムスカーラが強すぎて、

理解を変えられない人もいます。


よくある間違った説明:

ṛ/ṝ のグナは「ar」、 l̥ のグナは「al」。

グナの音は3つだけなのに!

正しくは、

「ṛ/ṝ 、 l̥ の音に対応するグナの音は「a」である。

グナとは全く別のルールで、その後ろにそれぞれr、lが付く。 」

です。

全く別のルールとは、

「ऋ/ऌ が अण् に変化するとき、रेफ ल् が後ろに来る(1.1.51 )」

です。



「初心者にいきなり教えても分からないから、最初のうちはこういう教え方でもいい」

という人もいますが、

どうせ、後にも先にも、矛盾や混乱をおこすだけなので、私は最初から全部を教えます。

そんなに難しいことではありません。

教える人の理解がクリアーであれば、聞く人が誰でも分かることです。

難しいどころか、頭を使うこと、理解することの楽しさや嬉しさを教えてくれるステップです。

そういうわけで、考えて理解する楽しみを知ってもらう、という感じで教えています。


グナという言葉が使われる場面



グナとは、「ア、エー、オー」の3つの音に付けられた名前です。

何故名前がつけられたかというと、もちろんその使い道・応用があるからです。

グナという言葉が使われる場面には大体2つあります。


1.サンディ(連音変化)が起きる場合

例:
連音変化のルールのひとつ、「アの後ろに母音が来たら、2つ一緒にグナになる(6.1.87)」
ウパ + インドラ = ウペーンドラ

2.接尾語が来たときの、基幹への変化

例:
「動詞の原型に付く接尾語は、基幹である動詞の原型の最後のइक्にグナを起こす(7.3.84)」
ニー + トゥル = ネートゥル




まとめ


グナとは、短い「ア」、長い「エー」、長い「オー」の3つの音に付けられた名前。

グナとは、変化のことを指すのではなく、3つの音そのものを指す言葉である。

「ar」や「al」はグナとは呼べない。

グナという言葉が使われる場面は、主にサンディによる変化とアンガの変化。



今までの固定概念を取り払って、理解に努めてください。

前回のヴリッディの説明も参考にしてください。


2015年3月8日日曜日

ヴリッディ (वृद्धिः [vṛddhiḥ])

パーニニ・スートラのイの一番、おめでたい最初のスートラです。

1章1節第1スートラ

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[संज्ञासूत्रम्] 1.1.1 वृद्धिरादैच् ।
वृद्धिः 1/1 आत् 1/1 ऐच् 1/1
[सिद्धान्तकौमुदीवृत्तिः] आत् 1/1 ऐच् 1/1 0  वृद्धिः 1/1 स्यात् III/1 
The long आ and ऐच् (ऐ  andऔ) are called वृद्धिः.

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私が現在執筆している教科書のフォーマットです。


スートラの意味


日本語に翻訳すると、

ヴリッディとは、長音の”アー”と、”アイ”、そして”アウ”の3つの音の名前である。」

となります。つまり、

ヴリッディ = アー”、”アイ”、”アウ

簡単ですね。

これら3つの音を、ヴリッディと呼ぶのです。


スートラでは、”アイ”と”アウ”を共にプラッティヤーハーラにして、

「aic(アイチ)」と呼んでいます。


名前とその意味


名前(name)には必ずその意味(named)があります。

それらの関係を示すのが、スートラの機能の一つです。

このスートラでは、

名前(name):ヴリッディ

その意味(named):”アー”、”アイ”、”アウ

という訳ですな。


全ての名前には必ず用途があります。

これって、とても哲学的ですね。


まぁ、それは置いといて、ここでは、

ヴリッディという名前は、サンディ(連音)のルールや、

接尾語を付けたときの基幹の変化のルールにおいて使われます。



大事なのは、ヴリッディとは、3つの音の名前であるということです。

アントワンなど、西洋のサンスクリット学者の著書や、

それの焼き直しの日本語の著書では、

ऋ, ॠ, ऌ の音のヴリッディは、आर्, आल् と教えていますが、

それは間違いですね。

「आर्, आल्」という音は、ヴリッディとして定義されていないのですから。

これらのヴリッディの音は、「アー(आ)」です。

もうひとつのルール、1.1.51 उरण् रपरः । というスートラで、

ヴリッディの音は、「アー(आ)」の最後にRやLが付くのです。

そんなことどうでもいいじゃん、と思う脳みそではパーニニは勉強出来ないし、

パーニニの構造がなければ、その構造を脳みそに持ったバーシャカーラの勉強が出来ません。

実際、アントワンでサンスクリットを勉強した人にパーニニ文法を教えるのは大変です。

パーニニとは逆のオリエンテーションで、考えがコンディションされているからです。

「どうでもいいじゃん」という思考態度(スワミジの言うパジャマ・ティンキング)

を改める為にパーニニの勉強をしているのですよ。


ヴリッディという言葉の意味


文法用語としてではなく、サンスクリット言語で通用している意味では

ヴリッディとは「繁栄」という意味です。

家に新しい子供が生まれたときには、今でもインドではヴリッディと言います。


この言葉を、スートラのイの一番に、しかも、最初の言葉に持ってきたには、

「この知識が繁栄しますように」という願いが込められているのです。

ハヌマーンジーは、9つの文法システムを知っていました。

パーニニ文法はその9つのうちの一つにすぎません。

しかし、他の8つは時代の流れと共に消えてしまいました。


スートラは短さが命ですから、祈りの詩などを含めている場合ではありません。

しかし、伝統では祈りの詩のないような文献は研究に値しないと言われています。

そしてもうひとつ、命名スートラの場合、名前はスートラの最後に示されるのが通例になっています。

パーニニは、意図的に「ヴリッディ」という言葉を前に持ってきて、

祈りの詩を暗示したのです。


この伝統の知識を受け継ぐ人々が安心して勉強出来る、平和な社会であり続けますように。

शान्तिः शान्तिः शान्तिः ॥